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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)283号 判決 1950年6月09日

被告人

佐野進

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人杉浦酉太郞の控訴趣意第一点について。

原判決は被告人に対する本件賍物故買の公訴犯罪事実の認定について被告人の原審公判における自供と稻葉弘の検察官に対する供述調書の記載を採つてその立証に供しているのである。而して被告人は右公訴の提起前右賍物故買の被疑事件につき昭和二十四年十月一日四日市簡易裁判所判事の発した勾留状によつて勾留されたが、右公訴提起後同月十日保釈によつて既に釈放されたのであり、その後被告人の病気等の都合により原審公判が延期を重ねていて、昭和二十五年一月十日の同公判においてはじめて審理が行われ、そして即日原判決が言渡されたのであることは記録上明らかである。されば仮りに右勾留が違法、不当であるとしても、既にその釈放後右のように約三月を経て行われた公判においてなされた被告人の供述につき右勾留の影響はもはやこれを考える余地がないものといわねばならぬ。(なお被告人の司法警察員並に検察官に対する各供述調書については右原審公判において被告人側でいずれもこれを証拠とすることに同意したものであることは同公判調書によつて明白である。)かような次第であるから右勾留状の執行指揮の適否(延いて同勾留の当不当)についてはもはや本件において問題にならないものというべく、かくて被告人の右公判における自供につきその任意性を疑うべき点は記録上認められないので原判決がこれを採つて事実認定の資料に供したのは正当であり、被告人の右自供と同判決挙示の他の前記証拠を綜合すれば原判示の本件犯罪事実を肯認し得べく、更に記録を精査するも右原審の認定に誤認あることを疑うべき点は存しない。故に論旨は理由がない。

(弁護人杉浦酉太郞の控訴趣意書第一点)

原判決ハ刑事訴訟法第七十条ノ規定ニ違背シテ為サレタ不当ノ勾留後ノ自白ヲ基礎トシテ審理シタル違法ガアリ、ソノ違反ハ判決ニ影響ヲ及ボスコト明カデアル。

(一)  刑事訴訟法第七十条ニヨレバ「勾引状又ハ勾留状ハ検察官ノ指揮ニヨツテ、検察事務官又ハ司法警察職員ガ之ヲ執行スル」ト規定シ、勾留状ノ執行ノ指揮ハ之ヲ検察官ニ専属セシメソノ但書ニ於テ急速ヲ要スル場合ニハ例外的ニ裁判官ニ許容スルニ過ギナイ。

蓋シ勾引状、勾留状ノ執行ハ国民ノ自由ヲ奪フ所ノ国民ノ基本的人権ノ侵害トナルカラソノ手続ニ付特ニ慎重ヲ期シ人権ノ擁護ニ万遺憾ナキヲ期シテヰルノデアル、憲法第三十一条ガ何人モ法律ノ定メル手続ニヨラナケレバ自由ヲ奪ハレナイト規定シテオルノモコノ意味ニ外ナラヌノデアル。

而シテ検察庁法第四条ニハ検察官ノ職務権限ヲ明ラカニシ同法第二十七条ニハ検察事務官ノ職務権限ヲ明確ニシ「検察事務官ハ上官ノ命ヲ受ケテ検察庁ノ事務ヲ掌リ又検察官ヲ輔佐シ又ハソノ指揮ヲ受ケテ捜査ヲ行フ」ノミデアル。

(二)  原審訴訟記録第二丁ノ被告人ニ対スル勾留状ノ指揮欄ニハ「大橋」ナル認印が存シテ居ルニ徴スレバ此ノ勾留状ノ執行ノ指揮ハ之ガ認印ヲ為シタル大橋ナル検察官ニヨツテナサレタ事ヲ窺知シ得ルノデアル。

然ルニ津地方検察庁四日市支部並四日市区検察庁ニハ法曹会編纂昭和二十四年九月一日現在裁判所法務府検察庁職員録ニヨレバ大橋孝三郞ナル二級検察事務官ハ存在スルケレドモ大橋ナル検察官ハ存在シナイ。

然レバ右勾留状ノ執行ノ指揮ヲナシタル大橋ナル認印ヲ押捺シタル者ハ検察官ニハアラズシテ単ナル検察事務官ニ過ギズ刑訴法第七十条ノ規定ニ違反シ何等指揮ノ権限ナキ一検察事務官ガ為シタル違法ノ執行指揮ニ基キ勾留状ハ執行セラレテオルノデアル。

然ラバ右勾留状ノ執行ノ指揮ガ右ノ如ク違法デアル以上之ニ基キ為サレタル右勾留状ノ執行モ亦違法ナリト言ハザルヲ得ナイノデアル即チ身体ノ拘束ハ不法デアル違法デアル。

(三)  本件被告人ノ自白ハ右不当不法ナル違法ノ勾留ヲ受ケタル後ニ於テ為サレ而モ右自白ハ前記不法違法ノ勾留後司法警察員ヨリ検察官ニ更ニ裁判官ニ対シ同様ナサレテ居リ右自白ニ基キ本件公訴ノ審理モ為サレテオルノデアル。

而シテ右不当不法ナル勾留ノ後ニナサレタル司法警察員及検察官ニ対シ為サレタル自白ハ被告人ノ死命ヲ制スルモノトシテ証拠トシテ公判廷ニモ提出セラレテヰルノデアル。

右ノ如キ情況ノ下ニ於テ為サレタル原審公判廷ニ於ケル自白ハ明カニ断罪ノ資料即チ証拠トシテ採用スベカラザルモノトモ思料セラレル。

以上何レノ観点ヨリスルモ本件不当不法違法ノ勾留後ニナサレタル自白ガ判決ニ影響ヲ及ボスモノデアルコトハ叙上ノ如ク明カデアルト思ハレルノデアル然ラバ本件原判決ハ当然破毀セラルキベモノデアルト思料スル。

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